Blog 『Why?』を突き詰めろ。2代目が挑んだ、おばちゃん化粧品ブランド・シーチャンの再生劇。

2018年07月11日 (水)

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マーケティングのイロハも知らなかった若き経営者はいかにして成功をおさめたのか。

マーケティングの先進国はアメリカであり、日本であるーーそんな認識はないだろうか。タイのローカル化粧品メーカー・シーチャン(Srichand United Dispensary Co., Ltd. ※商品ページはこちら)は、そんな認識を見事なまでに吹き飛ばす痛快な成功事例だ。家業を継いだ若き経営者はいかにして中年向けの古臭いブランドをいまをときめくコスメブランドに建て直したのか。マーケティングの原則に忠実に従い、愚直なまでに実践を積み重ね、変化を恐れずチャレンジを続けたシーチャンのブランド再生ストーリーを紹介しよう。

頭を空っぽにして客の声を聞け

シーチャンは1948年に生まれた化粧品メーカーだ。主力製品はトランスルーセントパウダーパウダー(写真上)、いわゆるお粉である。しかし、利用者は中高年の女性がほとんどで、バーコードもなく神様が描かれたパッケージも古めかしい。販路はタイの地方が中心で、バンコクで見かけるとしたら古い小売店が立ち並ぶ旧市街。どこからどう見ても「おばちゃん向け」のブランドでしかなかったシーチャンが、2015年にパッケージも中身も一新した「トランスルーセントパウダー」を発売し、大ヒットを記録。見事にトランスフォーム(変容)を成し遂げた。

大胆な変身劇を演出したのは、2007年に家業を継いだRawit Hanutsaha氏だ。

「シーチャンは祖父が始めた薬局からスタートしたブランドです。しかし、父は跡を継がず、祖父も年をとる一方。このままではブランド自体がなくなってしまうと思い、事業を継ぐことを決意しました」

といっても、大学で電気工学を学んだRawit氏には化粧品に関する知見も経験もノウハウもない。マーケティングの知識も皆無だった。ゼロである以上、地道に学んでいくしかない。Rawit氏は大量に本を読み勉強を始めた。

「これでもかというほど本を読み漁りました。もっとも参考になったのはフィリップ・コトラーの著書ですね。シーチャンのバイブルといっても過言ではありません。自分一人ではどうにもならないので仕事を手伝ってもらおうと友人も会社に引き入れました。たくさんビールを飲ませて、酔ったところで『うん』と言わせたんです(笑)」

そう冗談めかしてRawit氏は言うものの、その友人は入社以来9年間、マーケティングを担当し、現在も心強い右腕の一人。酒の席でRawit氏が語った強い思いが友人の心をつかんだことは想像に難くない。アメリカを代表するマーケティング論の第一人者・コトラーの本から学んだRawit氏は、まずは客の声に耳を傾け、行動観察に力を入れた。当たり前のようだが、これはそう簡単ではない。人はどうしてもフィルターをかけてしまうからだ。

リサーチするときには頭を空っぽにして、あえて仮説を立てないのがシーチャン流。Rawit氏は店で客を観察するときには、どこをどのように歩き、何を見て回っているのか動線もつぶさにチェック。常に「Why?」を投げかけることを忘れない。

「トランスルーセントパウダー」の大ヒットもこうした積み重ねから導き出された。基幹商品のお粉をリブランドするにあたり、Rawit氏は開発メンバーに「まずは予算を忘れてベストのパウダーを追求してほしい」と要望。あがってきたのは、800バーツで販売しなければ利益がとれない30g入りのパウダーだった。それまでのお粉の価格は18バーツ。いかに高品質でパッケージを魅力的にしようとも800バーツでは売れるはずがない。

そこでRawit氏は考えた。容量を30gに設定したのは、当時のマーケットでは30g入りが主流だったからだ。だが、利用者に直に話を聞くと、「多すぎるので小分けにして使っている」という回答が多く、しかも「入れ替えると容器からお粉が漏れてしまい、バッグが汚れて困る」と訴える女性が少なくない。

ここからわかったのは、30g入りは適切な容量ではないこと、そしてこぼれない容器の必要性だ。早速、社内で容器の開発に着手。こうして誕生したのがダイヤル部分を回せば穴が開いて粉が出てくるが、再び回せば穴がきっちりと締まり漏れがなくなる容器だ。特許を取得した新容器入りの「トランスルーセントパウダー」は10g入りで価格は280バーツ。「粉漏れ問題」と「価格問題」の2つを同時に解決したのである。

「Why?」の連続が女の子たちの「生涯への投資」志向を浮き彫りにした

ブランドを一新させるパッケージのデザインは、有名デザイナーに依頼した。美しく艶やかなデザインに仕上がったが、Rawit氏はどこかイメージと違うと感じ、ダメ出しをしている。

「『きれいなデザインにしてほしい』と依頼したら、できあがってきたのはムーンケーキ(月餅)のようなデザインでした(笑)。そこで私はもう一度、シーチャンは何を目指しているのか、どういう志向の女性をターゲットにしているのかを丁寧に説明し直しました。仕事をする際にはブリーフィングが重要ですが、とりわけ右脳の人と仕事をするときには、もっとわかりやすい伝え方をしなければならないのだと痛感しました」

ベストな品質とユーザーの希望を叶えた容器、適切な価格に美しいパッケージ。ヒットを生む条件は出揃った。しかし、良い商品だから売れるとは限らない。鍵は、客とのコミュニケーションをどう展開するか。Rawit氏はここで大きな賭けに出る。

投入できうる限りの予算を投じ、タイの著名フィルムディレクターにCM作成を発注。TV、ネット、SNSなどすべてのプラットフォームで一大キャンペーンを展開した(下記が実際の動画)。CMは全編英語でタイ語を完璧に排除した。ハイエンドのプロダクトならいざしらず、シーチャンはマス(大衆)向けのブランド。しかし、このあり得ないアプローチには狙いがあった。

「CMはすべて英語でナレーションをしているので、見ているタイ人の半分は内容がわからない。でも、わからないのが話題になった。『あのCM、なんて言っているんだろう』と何度もYouTubeでCMを見て、意味を確認する人が続出しました」

話題性の高さは人気を押し上げた。売上は以前の20倍に跳ね上がり、販売個数は2年連続でタイでナンバーワンを記録。世界でもっとも売れているとされるトランスルーセントパウダーはフランスのローラメルシエブランドだが、青い色が印象的なシーチャンは、タイにおいて赤い色がシンボルのローラメルシエに匹敵するブランドにのしあがった。その後に発売したメンズ用化粧品も大ヒットを記録。現在はシーチャンの売上の30%を占めている。(CM制作過程がまとめられた動画はこちら

13才〜20才を対象にしたシーチャンのサブブランドも好調だ。これもまた、「Why?」の連続から生み出された。Rawit氏は言う。

「タイの小中高校では化粧をして通学することは禁止されていますが、リサーチしてみるとものすごい量の化粧品を使っている。しかもスキンケアではなくメイクアップ化粧品が中心で、コンシーラー(シミやくすみなどをカバーする部分用ファンデーション)の利用が多い。YouTubeで『学校で怒られないメイクアップの方法』などを検索し、研究していることもわかりました」

ルールを破ってでも女の子たちがメイクアップに熱を入れるのは、写真を撮られる機会が多いからだ。自撮り大国タイでは、友達といっしょにセルフィーをしたら、タグ付けした上でSNSにアップするのが当たり前。このとき撮られた側の女性はこう考える。「撮った本人は可愛く撮れているのに、自分が不細工に見えるのは許せない」「SNSにあげられたら半永久的に記録が残る」「数年後にカレに検索されて不細工な画像が発掘されたらどうしよう」。

「彼女たちにとって学生時代のメイクアップは生涯への投資ーー40%がそう回答したのです。『Why?』と何度も尋ねることによって判明した事実です。そこから、サブブランドの製品発売にあたっては『Long Term Invesment(生涯への投資)』と銘打って、キャンペーンを展開しました。オフィスにいたらわからなかったことですね」

コミュニティの中に入って客と会話しよう

 

顧客との接点づくりにも注目したい。家業を継ぎ、化粧品業界の右も左も分からないとき、Rawit氏は「Mission to the Moon」というタイトルのブログを立ち上げ、シーチャンのビジョンを語り続けた。同名のFacebookページのフォロワー数は20万人以上。ここから派生して書籍も出版された。マーケティングをテーマにした著作はすでに4冊あり、マーケティングのジャンルではロングセラーの著書となっている。マーケティングやブランディングをテーマにした講演も月に12〜15回はこなす。社長業のかたわら、Facebookや講演活動を熱心に行っているのはリクルーティングのためでもある。

「会社名もださいし(笑)、小さな会社ですから人を募集しても集まらない。お金もありませんでしたので、ビジョンを最も安い方法で人に伝えるには、ブログが最適だと思ったのです。いまでは、このページから人を募集すると300人ぐらいが応募してくれます。ケンブリッジやオックスフォード、ハーバード大学などを卒業した優秀な人も採用できるようになりました」

優秀な人材の確保に努める一方で、祖父の時代から勤めている古株の従業員10名も変わらず働き続けている。二代目三代目が事業を継承した途端に古くからの従業員を切って捨てる会社は少なくないが、Rawit氏の考え方は異なる。適性を見出した上で適材適所を追求する方針だ。

「一人はタイの昔からある市場でしか買い物をしたことがない人ですが、その分、市場での値切り交渉には長けている(笑)。購買のマネージャーとしてその能力を発揮してもらっています」 

急速に変化する世界を生き抜くためにRawit氏があげるキーワードは「コミュニティ」。メーカーやブランド側がどんなに効果効能をうたっても人の心には響かない。消費者が信じるのは4つのF。フレンズ、ファン、ファミリー、フォロワーだ。

「コミュニティに対して”商品を売りつける”のは最悪の方法です。有効なのは”中に入っていっしょに会話する”こと。お客様を友人のように扱い、誠意を持って課題の解決にあたることが大事。Facebookの上だけでもダメだし、お店の中だけでもダメ。包括的にすべてのアングルで人間のようにふるまうことがブランド力を高める方法です」

Rawit氏が入社した当時のシーチャンの売上は1,500万バーツ。10年が経過し、売上は7億バーツに膨れ上がった。ビジョンを語り続け、従業員を大切なファミリーとして扱い、客を友人とみなし、バイアスをかけずに誠実にその声に耳を傾け、課題の解決へと動く。シーチャンの躍進は、「人間味のあるブランド」が持つ圧倒的な力を教えてくれる。

この記事は、2017年10月に開催された、日経ビジネススクール(NBS)アジア主催による海外視察研修型プログラム「NBSビジネスミッション〜タイ人の心を掴むマーケティング戦略を学ぶ4日間〜」に登壇いただいたRawit Hanutsaha氏の講演をまとめたものです。
三田村 蕗子の画像
執筆 三田村 蕗子

日本のビジネス誌、流通専門誌、ビジネス書を中心に活動するフリーライター。2014年11月、拠点をバンコクに移し日本とタイを行き来する。鋭い視点で、活気づくタイとASEANのビジネス事情を取材している。

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