Blog 日本式給与制度を維持しつつ、社員の満足度を上げる報酬制度

2018年11月22日 (木)

講座紹介
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優秀なタイ人は日本企業に就職してくれなくなった。日本企業は「できる」タイ人には選ばれなくなった。そんな話を聞いたことはありませんか?

実はこの話は都市伝説でもなければ単なる噂話でもありません。れっきとした事実です。いま優秀なタイ人がまっさきに選ぶのは欧米の大手企業。次いで、タイの大手企業が選ばれ、日系企業が就職先として浮上するのはその後です。

かつてはタイ人の間で高い人気を誇っていた日系企業がなぜ選ばれなくなってきたのか。優秀なタイ人を獲得するにはまずその原因を知り、対策を打ち出さなければなりません。

タイ最大手のコングロマリット企業CPグループが運営する大学「PIM」で講師を勤める傍ら、さまざまな企業で人事管理のサポートをつとめている、いわば人事管理のプロであるウタイ・スアイクン先生が、去る8月23日に日経ビジネススクール(NBS)アジアで開催された講座「スタッフのモチベーションと定着率をアップさせるタイ式人事制度設計と運用の仕方」内で語った、タイ人に効果のある人事考課制度について、その「秘策」をご紹介しましょう。

目次
1. 日系企業のタイ進出から30年。上がり続けるタイ人従業員の給与
2. タイ人のジェネレーションYとZが会社に求めるもの
3. 安定的な日本の報酬と不安定な欧米の報酬
4. タイ人は、10年後にいくら得するかを考える
5. 金額よりも評価が重要。評価を落とさず賃金上昇率を変える
6. 絶対評価か相対評価か。アジアの企業向きであるポイント制とは?
7. 組合から賃金アップの要請を受けたら…

1. 日系企業のタイ進出から30年。上がり続けるタイ人従業員の給与

最近、在タイ歴の長い日系企業から相談を受けることが増えています。内容のほとんどは給与に関するもの。とりわけ多いのが「タイ人従業員の給与が上がりすぎて困っている」という内容です。日系企業は当然ながら日本の給与体系を採用しているので、基本的には社員の給与は年を追うことに上がっていきます。

30年前にアマタナコン工業団地に入居した某大手企業を例に挙げましょう。この会社には定年間近のマシンオペレーターが数人勤務していますが、彼らの給与は長く勤めるうちに約4万バーツという水準に達しました。数年後に、この給与水準に達するオペレーターがさらに増えれば、収益がより圧迫されるのは目に見えています。

企業としてはこの金額を払い続けるのは厳しい。かといって、給与に見合うだけの別のスキルを彼らにいまさら身につけてもらうことも難しい。日系企業の多くはこうした問題に直面しています。

これは勤続年数によって給与が上がり続ける仕組みに起因する問題です。もし制度そのものが欧米企業の考え方を採用していれば、こうした問題は起きようがありません。なぜか。天井が決まっているからです。欧米企業では、ポジションによってこれ以上払えないというゴールが明確に設けられています。

上がり続ける従業員の給与に悲鳴をあげている日系企業にアドバイスをするとしたら、「日本的な制度を見直し、タイ人に合った制度にすること」しかありません。まずこのことを頭に入れてください。

2. タイ人のジェネレーションYとZが会社に求めるもの

人事考課の制度についてお話する前に、まずタイ人の新卒がいま何を見て就職先を選んでいるかを紹介しましょう。大手のリクルートサイトがジェネレーションYとジェネレーションZに対して調査を実施したところ、次のような結果でした。

第1位 給料(27.96%)
第2位 福利厚生(19.59%)
第3位 業務内容(14.59%)
第4位 アクセス(12.81%)
第5位 成長するチャンス(12.12%)

私たちの世代では、安定性を第一にあげる人が多かったものですが、もう時代は変わりました。20代、30代が一番に求めるものは「お金」です。5番目に「成長するチャンス」が挙がっていることにも注目したいと思います。自分はこの会社に入ったらどこまで成長できるのか、どれぐらい上に上がれるのかもこの世代のチェックポイントなのです。

3. 安定的な日本の報酬と不安定な欧米の報酬

報酬の支払い方法は大きく日本式と欧米式に分けられます。違いを以下にまとめてみました。

■日本式
・終身雇用
・永遠に賞与を行う
■欧米式
・JD(ジョブ・ディスクリプション)ごとの雇用
・相場で報酬を決定する

欧米式では、「このポジションでこの能力の場合には最高でいくら、最低でいくらか」をきっちりと決めます。仕事の内容によって給与を確定するのです。そのために、まずは社内にどんなジョブがあるかを徹底的に洗い出し、その上で評価をしてクラス分けをします。3つのクラスに分ける会社もあれば、10もしくはそれ以上のクラスがある会社も珍しくありません。

クラス分けをしたら、周囲の企業が現実にいくら払っているかを調査します。欧米式の考え方は、「相場が変われば給与体系も変わる」。業務内容だけでなく周囲の状況を調べて平均値を探し出すのが一般的です。

こうした日系企業と欧米企業の給与体系の違いをタイ人はよく知っています。日系企業だけが違うことをわかっています。だから欧米企業の給与に上限があってもおかしい、不合理だとは思いません。それは当たり前だと考えています。むしろ、働けば毎年給与があがる日本企業で働くことはラッキーだと考える人も多いほどです。しかし、日本の制度が必ずしもモチベーションが高い優秀な人材を獲得できるとは限らないことも事実です。

4. タイ人は、10年後にいくら得するかを考える

ここからは基本給について具体例をあげて紹介します。

電気のテクニカルサービスの職についた高専卒のタイ人Aさんを例に取ってみましょう。下記の図をご覧ください。高専卒のAさんの給与は、日系企業でも欧米企業でも1万2,000バーツからスタートします。日系と欧米の企業の初任給にはほとんど差がありません。

しかし、その後は違います。日系企業の場合、役職のない一般的なスタッフであっても給与は毎年上がり、35年後には3万2,783バーツに達します。一方、欧米企業では長く働いても、一般スタッフの給与は2万4,000バーツどまり。最初から上限がそう決められているからです。

10年間日系企業で働いたAさんはスーパーバイザーになり、基本給が1万5,657バーツになったところで「ポジションアドバンス(役職手当)」として3,000バーツが支給されます。合計は1万8,657バーツです。では、もしAさんが欧米企業で働いていたらどうなるでしょうか。同じく10年働き、スーパーバイザーに昇進したとします。一見日系企業と変わりがなさそうに見えますが、欧米企業では、スーパーバイザーとしてのキャリアが新しくスタートすることになるので、スタート時の基本給は2万3,000バーツになります。日系企業との差額は毎月4,343バーツ。年間にすると5万2,116バーツも多く貰えるのです。

このように日系企業では給与が決まるチャンスは入社時の一回のみですが、欧米企業の場合は何度もあります。ポジションに応じてスタートする金額が違うのです。だからこそ、タイ人は自らのキャリアパスを考え、年間でいくら多くなるかを計算して就職先を選ぶのです。

さあ、Aさんは20年働き、マネージャーに昇格したとしましょう。日系企業の場合、給与は2万1,042バーツ。今度は、ポジションアドバンスが6,000バーツ出るので、合計金額は2万7,042バーツになります。一方、欧米企業の場合、マネージャーの基本給は3万3,300バーツから始まります。日系企業との差額は、1年で7万1,490バーツにもなります。同じように20年働きマネージャーになったとしても、年間でこれだけの差額が出るのですから、タイ人が欧米企業に就職したいと考えるのは無理のない話でしょう。

この日系企業給与制度の問題を解決する一つの方法が、ポジションアドバンス手当を調整することです。タイ人が重視するのは安定して入ってくる収入だからです。業績によって変動するボーナスよりも基本給の方が重要と考えます。福利厚生を重視するタイ人が多いのもそのためです。基本給は変えずに、仕事の評価、つまり「仕事をがんばったからもらえた」という別の指数のお金(エクストラペイ)を加えることも推奨します。これならモチベーションが下がることもありません。現実的な対応策です。

5. 金額よりも評価が重要。評価を落とさず賃金上昇率を変える

ある日系企業から「タイ人のA評価をC評価に落としたことで大問題になった」という相談を受けたことがあります。なぜこんなことが起きたかというと、そのタイ人の給与がもともと高く、A評価を与えると7%も給料をアップしなければならなくなるので、評価をAからCに下げてしまったのです。

これは絶対にいけません。タイ人にはメンツがあり金額よりも評価を重んじます。評価が下がることをタイ人は受け入れられません。実際、このケースでは彼はその後、仕事を頑張らなくなってしまいました。

この場合、A評価が正しいのであれば、賃金上昇率の方を変えるべきでした。これなら「基本給が高いのだから上昇率が多少下がるのは仕方がない」と社員に受け入れられたでしょう。評価を落とすことは絶対にやってはいけません。それはモチベーションを落とすだけです。

親孝行のため、という理由で退職するタイ人の例もあります。やめた理由は、同じ田舎から出てきて別の会社で働いている友人の親と、自分の親が話をしたところ、母親は息子に「あちらの息子は給料もポジションもあなたより高い会社で働けているから、あなたは今の会社をやめた方がいい。未来がないから。」と言われたためです。タイ人にとっては周りにどう見られるかは非常に重要な要素。親からであればなおさらです。

6. 絶対評価か相対評価か。アジアの企業向きであるポイント制とは?

人事考課には絶対評価と相対評価の2種類があります。

絶対評価とは、点数をグレードに置き換える方式です。点数が90~100点ならA評価で賃金の上げ率は7%、80~89点ならB評価で揚立は5%、といった具合にグレードに上げ率を充てていきます。しかしこの方法には問題があります。91点と90点では1点しか差がないのに、上げ率が違ってしまうといった事態が起きてしまうからです。不公平だと感じる人が出てしまうデメリットがあります。

一方、相対評価とはグループごとに割当数を決めておく方法です。あるタイの会社では、90~100点のグレードAは20%、80~89点ならBは60%、それ以下のCとDは各10%と配分を決めました。この比率でグループに数を当てはめていくスタイルです。この相対評価のメリットは予算をコントロールしやすいこと。最初に「Aが何人」と決められるので給料を管理しやすくなります。とはいえ、1点差なのに2%の差が出るのは絶対評価と同じです。社員からは同じようなクレームが入ります。結局、評価の仕方を変えても不公平感は免れません。はたして、クレームが出にくい、フェアだと思ってもらえる人事考課はあるのでしょうか。

人事考課の新しい考え方としてポイント式があります。これはグレードを作らず、点数をそのまま給料の上げ率に反映する方法です。これなら91点と90点もちゃんと差がつくので、不公平感はなくなります。やり方は、点数と基本給をかけ合わせ、各人の全体におけるシェア率を算出すること。全体で100万バーツだけ賃金を上げられるとすれば、その人はそのうちどれだけ貰える権利があるかを割り出していくのです。このポイント制は欧米の企業には好まれません。差がたくさんあった方がいいと考える企業が多いからです。しかし日本やタイなどアジアの企業であれば差がない方がいい。アジアの企業向きの制度です。

7. 組合から賃金アップの要請を受けたら…

従業員の賃金が相場よりも低い。組合からそんな訴えをうけた場合にはどうすればいいのか。実例をあげて紹介しましょう。

ある企業で、組合から全員一律10%の賃上げ要請がありました。この場合、まず大事なのはオペレーター、ライングループ、フォアマン、スーパーバイザーなど各ポジションごとに本当に相場よりも低いのかどうか、しっかりと調査をすることです。アマタナコンにある同社は、工業団地内の給与水準データを調べ比較してみたところ、明らかに相場より低いことがわかりました。ラインリーダーもフォアマンも半分近くが相場より低く、スーパーバイザーに至っては8~9割が相場より低いことが判明しました。

そこで大手の調査会社を通して各ポジションごとの相場を割り出し、もともとの基本給に比例して差をつけていきました。ちなみに、一番従業員から文句が出ないやり方は、同じ規模の会社をベンチマークにすること。そうすると社員の納得感が高くなります。

さて、組合から毎年10%の賃上げアップを要請された同社は結局、14%の賃上げに踏み切りました。要求額より高い率を実現したわけです。痛い出費ではありますが、相場をベースに根本的なところから制度を組み立て直したので、次回以降は(次回以降、賃金引き上げの要求があった場合、交渉材料としてその調査を使うことができるのは)アドバンテージといえるでしょう。

以上、実例を上げて人事考課の考え方や見直し方を紹介しましたが、重要なのは即席の対応では問題解決にはならないということです。賃金アップを要求されたから一律で上げるといった対応はよくありません。必ず%を計算して反映させましょう。また、給与体系や人事考課について質問を受けたときには逃げてはいけません。全部を見せる必要はありませんが、質問があったときに上司が答えられるようにすることが最善の策だと考えてください。

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以上、ウタイ先生の講義のほんのエッセンスをお届けしました。実際の講義では、さらに細かな事例や具体例、計算方法まで紹介しつつ、優秀なタイ人を獲得できる人事考課のあり方が披露されました。

すぐに役立つ、明日から使えるノウハウが得られる日経ビジネススクール(NBS)アジアにこれからもご期待ください。

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執筆 三田村 蕗子

日本のビジネス誌、流通専門誌、ビジネス書を中心に活動するフリーライター。2014年11月、拠点をバンコクに移し日本とタイを行き来する。鋭い視点で、活気づくタイとASEANのビジネス事情を取材している。

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